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東京高等裁判所 昭和28年(う)1761号 判決 1954年3月31日

控訴人 被告人 須田幸雄 外一名

弁護人 畑和

検察官 八戸野行雄

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人畑和提出の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

控訴趣意第一点について。

被告人等が原判示選挙人等を往問した場所がいずれも同人等の居宅若しくは屋敷内ではなく公路若しくはこれに準ずべき公然の場所であつたことはまさに所論のとおりであるが、公職選挙法第百三十八条第一項の戸別訪問における訪問には、選挙人の居宅についてこれを訪う場合のみに限らず、あまねく選挙人何某方と解せられるべき場所についてこれを訪う場合を包含しすなわちいやしくも社会通念上その往問した場所が被往問者の何某方と解せられるときはその居宅であると否とを問わず、これを訪問と解して何等妨げないものというべきである。(昭和三年(れ)第一〇〇一号、同年七月十三日大審院判決参照)。

そこで本件において被告人等が原判示選挙人等を往問した場所の状況を検討してみるに、その場所は、(一)高橋伊勢尾及び高橋武夫については、いずれも同人等居宅の門(正確にいえば居宅前庭の生垣の入口)前で、その地点は門に接近し、門には戸扉の設備がなく、直ちに前庭に通じ門から居間を容易に見透すことができ、(二)高橋ちよ及び横山カクについては、同女等居宅前空地の柿の木の処であつて、同所は同女等居宅敷地と地続きで、居宅には垣根等の囲障はなく、同所はあたかも同女等居宅の庭先同然になつていて、指呼の間に右居宅を望むことができ、又同所は同女等の借地部分ではないが、同女等は日常竹細工等の内職にこれを使用し、地主も黙認し、さながら同女等の仕事場と化しており、(三)小峯四郎については、同人居宅前庭の生垣に接近し、往問当時生垣は植えたばかりで枝葉が少く、生垣越しに奥座敷を容易に見透すことができたことは、原判決挙示の証拠その他原審及び当審において取り調べた証拠を綜合すれば明瞭である。

しかもこれらの証拠によれば、被告人等は右同人等を往問するに当り同人等の居住部落に入つてから自転車を降り、これを押しながら歩行し、前記各往問場所に一々立ち止まり、(一)高橋伊勢尾については同人居宅の門から真直に見透しうる居間の軒下にいた同人の妻たけに対し、(二)高橋ちよ及び横山カクについては、当時同女等が竹細工作業中の柿の木の処まで赴き、その居宅を確めた上同女等に対し、(三)高橋武夫については、同人居宅の門に近く前庭内にいた同人に対し、(四)小峯四郎については同人居宅前庭の生垣越しに奥座敷にいた同人の妻みさに対し、それぞれその姿を認めた上で、被告人須田幸雄に投票を依頼する旨の挨拶をなし、同人等も被告人等の姿を認め声を聞き、来意を知つて応答したという事情も窺い知ることができるのである。

そこで叙上往問した場所の状況に、往問当時の具体的事情を参酌して考察すると、被告人等の本件所為は社会通念上原判示選挙人等方についてこれを訪うたもの、すなわち冒頭説示のとおり公職選挙法第百三十八条第一項にいわゆる戸別訪問に該当するものと認めるのが相当である。従つて原判決がこれを同条同項に違反するものと判断したのは正当であり、所論のような法令の適用の誤は存しないのである。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点について。

所論にかんがみ記録を精査し、原審及び当審においてした証拠調の結果に徴すると、被告人須田幸雄と高橋長次とが同村の生れで、出生年次もわずか三年を距るに過ぎず、同じ頃同一小学校に通学し、互に顔見知りであり、幼少の時代は学校友達として共に山野に遊び、長じては魚釣りを共にすることもある事情を窺知するに難くないが、両名が親族、平素親交の間柄にある知己その他密接な間柄にあることは未だ認められない。却つて原審及び当審における証人高橋長次の証言並びに同人の司法警察員に対する供述によれば、被告人須田幸雄は農地改革前は村内の豪農であつたに反し、高橋長次は小作人階級で家格が全く相違し、両名が互にその相手の家を訪問したり、祝儀、不祝儀のやり取りをすることは全くなく魚釣を共にするといつても偶然釣場で顔を合わす程度に過ぎず、格別懇意の間柄ではないことが認められるのである。されば原判決が本件について改正前公職選挙法第百三十八条第一項但書に規定する事由がないものと認定したのはまことに相当であつて、原判決には事実誤認の疑はいささかも存しない。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 花輪三次郎 判事 山本長次 判事 栗田正)

控訴趣意

第一点原判決は被告人両名が道路上より高橋伊勢尾、高橋武夫及小峯四郎の三名方の屋内又は宅地内の選挙人に挨拶したものであり、高橋ちよ及横山カクに挨拶した場所は同人等の居宅前の借地部分でない事実を認めながら社会通念上選挙人の居宅につき戸別に訪問したものなりと断定し公職選挙法第百三十八条第一項本文に所謂「戸別訪問」の解釈を擅に拡張解釈して之を誤つて適用したもので疑律錯誤たるを免れず、その結果判決に影響を及ぼすこと明であるから当然破毀を免れない。高橋伊勢尾、高橋武夫及小峯四郎方での人達との挨拶の場合の如きがすべて戸別訪問なりとすれば市街地に於て公路の両側に並ぶ民家の人達に対して公路上より公然投票依頼の挨拶をすることも総て戸別訪問の違反となることゝなり不当に選挙運動が抑圧せられる結果となる、本件の場合は地勢上市街地の如く公路に密着して人家があるのであるから若し判示の如くなりとすれば公然たる選挙運動も不可能であることゝなり従つて不可能を強ふる結果ともならう。横山カク、高橋ちよと個々面接をなした場所も両名の家の地先なりとは云え両名の内いずれもの屋敷内でもなくかゝる場所での個々面接を所謂戸別訪問なりとすることは拡張解釈も甚しいもので「戸別訪問による選挙選動が禁止される趣旨が戸別訪問の際往々にして買収その他の不正行為が随伴し易いことを防止するにある」ことを認めなから買収その他の不正行為が随伴するおそれのない屋敷外、然も両名及高橋伊勢尾の妻、たけの居る柿の木の下での公然たる挨拶を横山カク、高橋ちよの居宅についての戸別訪問なりとすることはこれ又「戸別訪問」を拡張解釈し誤つて適用したものであり不当に選挙運動を抑圧する結果となるからかかる場合を戸別訪問なりとすることは誤である。

第二点被告人須田幸雄と高橋長次とは「平素親交の間柄にある知己その他密接な間柄にある者である」との被告人等及弁護人の主張に対し原審判決は全証拠に徴するも未だかかる関係の存することは認め難いとして右主張を排斥しているが、かゝる判断は原審が事実を誤認した結果であつて、事実誤認が原判決に影響を及ぼしたものと云ふべく当然破毀を免れない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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